元3Fの沖田(旧姓小笠原)雅子です

平成20年3月28日、私は秋高卒業後初めてウグイス坂をのぼりながら、自分のはるか昔の高校入試の日のことを思い出していた。高校3年間で進路については大きな方向転換をしたものの、大学入試が第一希望に合格することができなかった。当時の先生がたに挨拶することも思いつかずにそのままになっていたのだ。縁あって母校で教鞭をとることになり不思議な感覚をもちながら母校に向かって行った。

大学卒業後、私は秋田県の高校教諭(化学)として採用になり県北の県境から中央、県南まで地域も学校事情も多岐にわたる高校を経験させていただいた。その中で平成20年度からの4年間は秋高に勤務する機会をいただいた。自宅のある大仙市から電車+徒歩

で合計往復3時間かかる通勤時間はなかなか大変であったが、それを打ち消すほど秋高生の底力、パワーのようなものを感じて同窓生であることの誇を改めて感じるとともに、自分も頑張らなくてはと思ったものである。

その後は、地元に戻って5年間を過ごした横手高校で先日定年退職の日を迎えた。

長女、長男も県外でそれぞれ就職し(これだから秋田県は少子高齢化が進む)夫婦二人だけの生活である。今後は、これまで多忙を言い訳にしてやれなかったことを楽しみつつ何かしら少しでも社会に貢献できたらと思っている。

写真は、定年退職前の最終授業の様子

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