3Aの三浦和也です

「1C、2C、3Aと2別1共の三浦です」的な自己紹介が秋高OB界の標準と思っておったところ、なんと20歳も年下の後輩連中は「女クラ」とか「男クラ3タテ」とかとのたもうておって驚いた(同窓会だよりVol.115)。彼らへは「2男クラ1共学の三浦です」とでも言わないと通じないのだろうか?それにしても女子だけのクラスがあったなんて初めて知った。迂闊だった。意表をつかれた。

「やりたいことが見つからない(恐)」ままに毎日が日曜日になってしまった。焦った時もあったが、なんてったってそもそもが凡人なんである。金曜日の晩に思い立ったところで伊能忠敬とかシュリーマンになれるわけもなし。「置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子)」とばかり行き当たりばったりの成り行きに任せることにした。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」である。で結局「やりたいこと=目標」に縛られることなく心の向くまま気の向くままに毎日が送れて楽しい。何か自由だなぁ。

早起きウォーキングを初めて10年超えた。それ以前はジョギングだったが雨だろうが風邪だろうが体が痛かろうがしないではいられない。その中毒性に身の危険を感じてやめた。対して早起きウォーキングはいい。暁→東雲→曙そして日の出へと続く奇跡の時間の中で集中力が高まり思考力が増大する。これが幸せ物質セロトニン分泌を盛んにするらしい。ここ数年ウォーキングでは足らず階段昇降・腹筋・プッシュアップ・スクアットとサイドメニューが増えてきた。お陰でネギをきかせた納豆ご飯が実にうまい。

2023年2月ごろ、ほんの成り行きから英語を始めた。教材はYouTubeとNHKラジオとポッドキャスト。ぜ〜んぶタダ! 仕事で英語を使う機会も多かったが苦労した。読み書きはともかくヒアリングだな。そこでつまずくから話せないという悪循環。「な〜んだこんな単語かよ」というような初歩の英単語も聞き取れない。そんな屈辱の黒歴史を持った人間がYouTubeに親しむようになって「ひょっとしたらリベンジできるかも」と思ったようだ。リエゾン、リダクション、ストップT、ダークLとか、get awayがゲラウェイに、Let it beがレルビーになる理屈等々謎がどんどん解明された。目から鱗バリバリである。I wish I knew soonerである。こうなると面白い。聞き取れるようになってくるからやめられない。最近は瞬間英作文のYouTubeがルーチンに加わった。妻は脳活で毎日数独に挑んでいるが、自分の場合これらが脳活になっているようだ。

月1ペースで平均30歳代の若い人たちと飲み会がある。職業人の最後、後進の育成に携わった。「金を残すは下、仕事を残すは中、人を残すが上(後藤新平の名言を勝手に縮めました)」だそうだから、「上の仕事」で職業人を終えられたのは上出来だった。お陰でこのようなお土産もつけてもらっているわけだしね。同年代で不健康談義に花を咲かせるのも嫌いじゃないケド、関わった若い人たちが成長し活躍し自身の人生を切り開く姿を見続けられることは実に楽しい。

最近ようやく懸案だった墓じまいを完了した。妻の実家の話である。まず横浜にあった墓をしまった。お坊さんにお経を上げてもらった。あれ!髪ふさふさ? 今まで気が付かなかった。おまじないのようなお経はナミアムダブツしか覚えのあるフレーズがなかった。あっそうか、浄土真宗なんだと合点がいった。ちなみに三浦家は禅宗(曹洞宗)。骨壷は3口(「さんこう」と読むらしい)。数日後、青梅線の終点奥多摩駅からの山中にある霊園で永代供養を樹木葬で執り行った。あいにくの天気であったがそれなりに風情を感じたのであった。次に訪れるときは天気が良くて遠くまでよく見えるといいね。

秋高卒業が1975年3月だから、あれから49年かぁ(遠くを見る)。来年の今頃は卒業50周年だ。過ぎし年月は早く感じるものだ。何しろ瞬間移動できるからな。しかし、先の10年20年は長い!まだまだいろんなことがあるのだろう。ならばこそ前を向いて参りましょう。
ということで、最後まで駄文にお付き合い下さり誠にありがとうございました。

追伸
同期の皆様のさらなるご健勝を祈念しております。

    3Aの三浦和也です” に対して6件のコメントがあります。

    1. 船木紀生 より:

      多士済々の皆さんのエッセイにいつも「うんうん」と頷いている、秋田南中出身1C、2C、3H硬式庭球部所属だった船木紀生です。三浦和也君とは中学校の入学時に同級生となり座席を前後に並べ、高校入学時にまた同級生となり振り返れば中高6年間の内3年間同級生であったことに加え、放課後に所属した運動部では6年間供にしておりました。高校の卒業式後の帰宅途中、それぞれの進む道を前にしての別離の記念?(微笑)に寿司屋入った間柄。お元気で何より。 同窓同期の皆さんがそれぞれの道を歩んでお歳を重ねてこられ、エッセイにそれぞれの多種多様そうで実は同窓同期ならではのあまり変わらぬ「うんうん(頷き)」をされているのではと愉快に勝手な想像をしております。
      三浦和也君、此度は「うん!うん!!うん!!!」の船木紀生でありました。もちろん同じく硬式庭球部だった3Iの笹本君のエッセイを目にしたときもそうでありました。皆さんのご健勝とご多幸を祈ります。

      1. 三浦和也 より:

        船木くん、コメントありがとう!
        「座席を前後に並べ」た件、「寿司屋入った」件、6年間の最初と最後の出来事は自分もよ〜く覚えています。
        前に座る船木くんの頭の形とバリバリの髪の毛は仔細に観察させてもらいました。加えてノートに書かれた文字の大胆さには(良く言えば)器量の大きさを感じましたなぁ。
        確か中央通りの山﨑耳鼻科のあたりにあったお寿司屋さんであったかと。ただ松竹梅のどれだったかは全く記憶がないです。
        先日、船木くんのウォーキングコースに熊が出没するやにお聞きしました。遭遇しても「俺は黒帯だぞ!」などと気負わぬようお願いします。では。

    2. 加藤誠一 より:

      和也のエッセイ楽しく読みました。
      俺らあの頃から何にも変われねえな、同じじゃんと思いながら、でも歩いているのは偉い、全然違うとも。
      以前の拙文へのコメントありがとう。
      石垣島行くんだって、6月。実は念願叶って去年の6月の初めに行ってきたけど、コロナの間の島の変貌に驚き、虫取りも3月~5月と狙いの盛夏初めとの中間時期で不完全燃焼(勉強不足)。
      今年はもう少し後にしてリベンジと思ったら、同期会あるしで、今年は7月第2週にしたから和也と擦れ違いだね。
      石垣島が初めてだったら少し先輩面して余計なアドバイスを少々。
      野底(マーペー)岳は8合目駐車場から20~30分歩けば島第2の高峰(282m!)を制したことになるし、絶景景色、登ってみたらいいよ。
      地元の人は幼稚園児だって登るよと言うけれど、僕は気息奄々、腰が砕けて、吐きそうだった。
      景色はベタな場所だけど、玉取﨑展望台から見る海のパノラマが好き。
      去年は最終日の前日、観光モードで行ってみたら、ヤエヤマムネマダラカミキリの大群見つけるという僥倖にも与ったしね。
      何をしてもしなくても、とにかくいるだけで気持ちのいい場所だ。楽しんできてください。

      1. 三浦和也 より:

        誠一くん、コメントありがとう!
        石垣島情報参考にさせてもらいます。
        とりわけ、「何をしてもしなくても、とにかくいるだけで気持ちのいい場所だ」とはどういうことなのか?興味津々です。楽しんでまいりたいと思います。

    3. 佐藤尚子 より:

      南中つながりで三浦君へ。テニス部でしたよね。充実した毎日を送っておられるご様子。特に、早朝ウォーキングや英語トレーニングを楽しみながら継続しておられるのを知って「えらいなあ」の一言。定期的にご両親の介護のため秋田入りしておられることも、幹事会の席上で伺いました。ひとつひとつ目の前の課題に一生懸命取り組んでいらっしゃるんですね。これからも前を向いていきたいものです。お互いに!お元気でね。

      1. 三浦和也 より:

        尚子さん、コメントありがとう!
        初めて尚子さんの存在を知ったのは、南中の時に小学校からの悪友佐々木誠二くんがやたら高く評価して「すごいすごい!」と言っていたからでした。何がすごかったのかは未だによくは特定できていないのですが・・・(笑)。彼がそんなに騒ぐんだからきっとそうなんだろうと勝手に納得してたみたいです。24日の幹事会は昨年の同期会以来でしたが色々お話しさせていただきありがとうございました。楽しかったです。
        リレーエッセイにいくつか書き忘れがあったので一つ追加。とても不可能だった大相撲中継も毎日がっつり見られるようになっていつの間にか小学生以来のファンに戻っていました。5時以降はほぼかぶりつきで見ています。現琴桜の大関昇進から先場所の尊富士、今場所の大の里の優勝と大相撲新時代を感じますね。もちろんショータイムもよく見てます。

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